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人生の終わり近くで・・・

裁判所に勤めていた伯父が10年前に言った言葉がある。「理由もないのに殴られるのは悔しいこと」と。様々な判例を見てきた伯父だからこそその言葉には重みがある。
10年前、見ず知らずの酔っ払いに殴られた後日、私を殴ったその相手が謝罪に来た時、相手を諭すために伯父が言った言葉。

さて、話は更にさかのぼること今から24年前の中学生2年生の時、祖父母の家に泊まった冬休みの真夜中。
突然、真夜中に祖父が起きて私の胸ぐらを掴み、首を絞めたのだ。
もちろん、私に非がある訳でもなく突然。何が何やらわからない。訳のわからないことを叫びながら首を絞める。恐怖のあまり声も出ない。
高校の体育の教師をしていた祖父は当時72才。県立高校を定年退職後しばらく勤務した私立高校の嘱託の教師の定年退職から数年後でまだまだ力もあってその力は72才の男性のもの以上。まさしくライオンが噛みついた獲物を逃がさないがごとく、塚田真希に押さえ込みされたがごとく動けば動くほど逃げられない。
父を小さい頃に亡くした私は「大人の男とは訳もわからないままに発狂し暴力を振るうものだ」と絞められながら無理やり納得することにした。
すると、祖母に「裕三が悪いから謝って許してもらい」と言われて「悪いことを何もしていないのになぜ謝らなければならないのか?」とますます訳がわからない。中学生なりに「僕一人我慢して謝れば済むこと」と解釈して絞るような声で「ごめんなさい」と言ったら祖父は手を緩めてくれた。
『恐怖の館』と化した祖父母の家から逃げるため、夜が明けて朝一番の電車に乗るべく支度を整えていると、眠りについたはずの祖父が起きてきて再び私の胸ぐらを掴んできた。
恐怖で声が出ない。

祖母は「私は結婚以来ずっとおじいちゃんから暴力を受けて我慢してきたし、私一人が我慢したらいいことだから」と。

理不尽な暴力。つまりこれがDV。暴力を受けた側は屈辱以外の何者でもない。
そんな祖父が人生の終わり近くになって腫瘍ができるなど肉体的に悪い訳でもないのについ先日入院した。つまりDVで自らの精神がさらに制御が利かなくなったための入院措置。
人生の終わり近くでまさかまさかの措置。

歳をとっても可愛い年寄りでありたいもんですな。


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かい

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by かい (2009-08-14 09:17) 

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